ジブリ主題歌、日本語ロックの創始者、YMOリーダー、日本の音楽王「細野晴臣」のセカイ

今回から知ると音楽を聴くのがもっと楽しくなる企画、「○○のセカイ」をお届けします!
記念すべき第1回目は、「細野晴臣のセカイ」。音楽に携わっている人は必ず知っているけれど、意外と一般的には細野さんのことを良く知らない方も多い印象です。
今回ははじめて知る人にも細野晴臣さんの魅力を分かりやすくご紹介していきます!

細野晴臣の何が凄い?能力値

まず分かりやすくするために細野さんの能力値をチャートにしてみました。★5が最大で、★3がプロレベルとして記載しています。
(※筆者による独断と偏見によるスコアです。予めご了承ください。 )

※実績まとめ

– ナウシカのテーマ曲を作曲
– 日本語ロックのはじまりの伝説のバンド「はっぴいえんど」のメンバー
– テクノポップブームを作った「YMO」メンバー
– 一流のベーシストであり、キーボード、ギター、歌、何でも弾けて何でも上手い

チャートでも分かるように、今の言葉に言い換えるとSSRのチートキャラです。とにかくミュージシャンなら尊敬しない人はいない伝説的な人ですので、是非みなさんにも知っていただきたいです。

細野晴臣の生い立ち

1947年(昭和22年)、東京都港区生まれ。15歳あたりからギターを手に友人とバンドを組む。

1969年、エイプリル・フールのベーシストとしてメジャーデビュー。その後、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成。フォーク・ロックのスタイルに日本語歌詞を乗せる、日本語ロックを確立させた。

1973年のはっぴいえんど解散後、ソロ活動と並行して鈴木茂、林立夫、松任谷正隆とキャラメル・ママ(のちにティン・パン・アレーと改名)を結成。演奏・プロデュースチームとして多数のアーティストの楽曲に参加、荒井由実などのプロデュースも行う。

1978年、元サディスティック・ミカ・バンドの高橋幸宏、当時スタジオ・ミュージシャンでもあった坂本龍一(山下達郎のキーボーディスト等していた)とイエロー・マジック・オーケストラ (Y.M.O.)を結成。電子音楽と生演奏の融合を確立させ、その後の日本のミュージシャンに大きな影響を与える。

1983年のYMO散開(解散)後、「Non Standard」と「Monado」の2つのレーベルを立ち上げる。Non Standardレーベルからはピチカート・ファイヴ等を輩出。

その後ワールドミュージック、アンビエント・ミュージックを探求し様々なグループを結成、作曲・プロデュース、ライブなど多岐にわたり活動しています。

細野晴臣の凄い5ポイント

まず細野晴臣さんの特筆すべき点を5つ以下にまとめました。

1.日本語ロックを確立させた伝説的バンド「はっぴいえんど」のベーシスト。
2.ジブリ映画「風の谷のナウシカ」のテーマ曲の作曲。
3.YMOのリーダー。電子音楽と生演奏の融合を確立させる。
4.ジブリ映画「風立ちぬ」の主題歌「ひこうき雲」でベース演奏。
5.ソロアーティストとしても22枚のアルバムをリリース。ボーカリスト、ベーシストとしても一流

1.日本語ロックを確立させた伝説的バンド「はっぴいえんど」のベーシスト

1969年から約4年間活動した「はっぴいえんど」。メンバーが大滝詠一、鈴木茂、細野晴臣、松本隆と4人ともその後も日本の音楽界に非常に大きな影響を及ぼしたレジェンドの方々です。そのメンバーの中で細野さんはベースを担当しています。当時は日本語でロックを歌うことが批判されることもあった中、日本語ロックを確立させ、後続のミュージシャンに大きな影響を及ぼしました。

細野晴臣さんが作曲、リードボーカルを務めた、「風をあつめて」ははっぴいえんどで最も人気の高い曲です。1971年完成。細野さんが24歳の時に作曲。
フォークロックを主体としたサウンドで、アコギ、オルガン、ドラム、ベースとシンプルな構成になっています。ドラムは作詞の松本隆さんでそれ以外は全て細野さんが担当されている曲です。イントロのギターが何とも印象的でして、ベーシストの細野さんらしく滑らかなベースラインが特徴的です。ぜひベースラインに注目して聴いてみてください。

2.ジブリ映画「風の谷のナウシカ」のテーマ曲の作曲

女優の安田成美さんのデビュー・シングルであり、ジブリ映画「風の谷のナウシカ」のテーマソングとして採用された楽曲で、1984年にリリースされました。
この楽曲を知っている方も多いのではないでしょうか。AメロのDm→Bmの進行が良くて普通だとKeyがDの曲なのでD→Bm の進行になる所、Dm→Bmマイナー同士でつなげている豊かな表現が素敵です。

3.YMOのリーダー。電子音楽と生演奏の融合を確立させる。

1978年に結成されたYellow Magic Orchestra(通称YMO)のリーダーを細野さんは務めました。国内だけでなく海外のファンも多く非常に人気でした。
それまでミュージシャンによる生演奏が常識だったライブにおいてコンピュータプログラムによる自動演奏を取り入れた点が画期的で、今では当たり前のように多くのバンドがコンピュータと同期して演奏をするようになっていますね。サカナクションやSEKAI NO OWARIなどをイメージしていただくと分かりやすいと思います。

そんなYMOの活動の中、1981年リリースされた「ハイスクールララバイ」。細野さんYMO時代の34歳の時に作曲。イモ欽トリオというバラエティ番組から誕生したグループのデビュー・シングルでオリコン7週連続1位、累計160万枚のミリオンセラーを記録しました。

YMOの電子音楽のセルフパロディのような曲になっていて、イントロは正にYMOの代表曲、「RYDEEN」です。

是非聴き比べてみてください。

4.ジブリ映画「風立ちぬ」の主題歌「ひこうき雲」でベース演奏。

細野さんは、ユーミンをプロデュースした伝説的バンド「キャラメル・ママ」のベーシストを担当していました。
鈴木茂、林立夫、松任谷正隆とキャラメル・ママ(のちにティン・パン・アレーと改名)を結成。演奏・プロデュースチームとして多数のアーティストの楽曲に参加、荒井由実などのプロデュースも行っています。

「風立ちぬ」の主題歌「ひこうき雲」でもベースを弾いています。今聴いても全く色褪せてない演奏で、素晴らしい楽曲です。

5.ソロアーティストとしても22枚のアルバムをリリース。ボーカリスト、ギタリスト、ベーシストとしても一流

細野さんはベーシストとして有名ですが、マルチプレイヤーでもあります。ソロアーティストとしてこれまでの22枚のアルバムをリリースしています。

「恋は桃色」は1973年のはっぴいえんど解散後に作られた曲で、細野さん名義の1stアルバム「**HOSONO HOUSE」**に収録されています。個人的に細野さんの曲の中で一番好きな曲です。埼玉県の狭山のアメリカ村という所に当時細野さんは住居を借りていてそこれ作られました。
はっぴいえんど時代からの仲間であるギターの鈴木茂、フォー・ジョー・ハーフのメンバーだったキーボードの松任谷正隆とドラムの林立夫。細野はヴォーカルの他、ベースやアコースティック・ギターなど担当しました。

細野晴臣のここが凄い!

続いて僕の思う細野さんの凄いと思う所をご紹介します。
細野さんは、ポップセンスと専門性を両立させた類まれな天才音楽家だと捉えています。
天才的な音楽家は芸術的な部分に寄る人と、商業的な部分のどちらかに偏ってしまう人が多い中、細野さんはどちらもこなせる稀有な存在です。
プレイヤーとしても一流で、現在もライブ活動を積極的に行っている部分も音楽家として本質的であり非常に尊敬できる点です。
見た目もかっこ良く、服のセンスもとてもお洒落。美的感覚も素敵で憧れます。べた褒めになりますが、べた褒めしても余りあるくらいの人物です。

細野晴臣入門!

細野晴臣さんがこれまでに残してきた作品は多く、どこから入ったら良いか分からない方のために、私からいくつかアルバムを推薦します。

1.風街ろまん /はっぴいえんど

2.HOSONO HOUSE /細野晴臣

3.ほうろう / 小坂忠

4.浮気なぼくら / YMO

まとめ

今回紹介した楽曲はSpotifyのプレイリストにもまとめています。

また今後「○○のセカイ」で取り上げて欲しいリクエストや感想等は冒頭のYoutubeのコメント欄にてお待ちしています!

最新情報をチェックしよう!